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オコジョの散歩道

■真田・傍陽の里と山城達(2) 誉田足玉神社(06-12 09:29)
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昨日紹介した洗馬城を真田町傍陽大庭(おおにわ)から・・・
奥の山の右側の峰が城跡です。



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洗馬城から下りるとこんな長閑な田園風景・・・

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洗馬城の麓を松代道へと回り込むと・・・
赤い鳥居がありますので寄ってみます。
誉田足玉神社(ほんだたるたまのじんじゃ)です。

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この社の後ろが洗馬城です。

誉田とありますので、誉田別尊(ほむたわけのみこと)を祀る神社ですね。
誉田別尊は応神天皇で、その母の息長足姫(神功皇后)と神武天皇の母の玉依姫(タマヨリヒメ)の三柱が祭神だそうです。
この神たちは八幡三神として清和源氏や桓武平氏など皇別氏族の武家が武功を立てる際に氏神とした八幡大菩薩です。八幡大菩薩は神仏習合の神ですが・・・

誉田・足・玉と三人の神の名をつなげたようです。

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拝殿・・・

なかなか立派な神社でした。
この神社の創建は天安元年(857)と伝わるそうです。平安時代初期ですね。
創建は諸説ありそうな気もしますが。古い歴史がありそうです。

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本殿はこの上・・・

階段が急で躊躇しますが、なかなか来られないところなので登ります。

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本殿・・・
覆屋の外から見るとこんな感じです。
柿葺の屋根が素敵でした。

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江戸時代後半らしい彫刻に飾られた本殿ですね。
文政十一年(1828)の建築だそうです。
大工の統領は関谷武右衛門 だそうですが、私は知りません。

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本殿正面。
両脇には鎧兜の武士の彫刻・・・
あまり精巧とは言えませんが、素朴な味わいがあるといえるかもしれません。
『平家物語』などに登場する『鵺(ぬえ)』の話ですね。

平安時代末期の近衛天皇は、毎晩、丑の刻(午前二時頃)になると、御所を黒雲が覆い、鳥の鳴くような奇妙な声で天皇を苦しめていたとか・・・

この怪物退治を命じられた源頼政が警護していると黒雲の中から頭が猿、胴が狸、手足が虎、尾が蛇という鵺が現れました。頼政は「南無八幡大菩薩」と祈りながら矢を放つと、見事、鵺に当たり、落ちてきたところを家臣の渡邊丁七唱(わたなべ ちょうしち となう)の松明 で照らして猪早太(いのはやた)とどめを刺します。
左は猪早太がとどめを刺すところで、右はそれを照らす渡邊丁七唱ということですね。

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本殿両脇の胴羽目の彫刻・・・

左の彫刻は木を引き抜く木曽義仲 の愛妾の巴御前ですね。義仲様が矢を射ようとしたが気が邪魔だったので木を片袖で薙ぎ倒したとか・・・
右は真兜の脇立てには大きな鹿の角が一対ということは、ここは真田の里なので真田信繁(幸村)のようですね。

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こちらは何の彫刻家は判りません。

神社彫刻には竹林の七賢人、とか寒山拾得などの中国を素材にしたものが多いのですが、ここは戦う武士たち・・・

武神として知られる八幡宮らしい彫刻と言えるかもしれません。

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この先に地蔵峠から松代への松代道の有った谷間

この道は今の道、昔の松代道は左側の山裾を絡んでいたようです。

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「バス停は八幡前」・・・
地元では八幡様のようです。

バス停の上が、次の目標の根古屋城 (曲尾城)なのですが、傍陽の邑を訪ねながら行くことにします。知らない邑に何があるか、それも楽しみです。

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田では補植という株の間が欠けているところに苗を植えている人がいました。
たくさんお米がとれるといいですね。

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この橋は宮前橋・・・

八幡宮前ですね。
八幡宮はお参りしてきたので、宮前橋で傍陽川を渡って、大庭という集落に入ります。

向こうにお寺が一つあるようです。

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橋の上で立ち止まって傍陽川を見下ろします。
こちらは下流・・・

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振り返って洗馬城・・・


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