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手裏撐著雨傘

■松野は里伽子の下(04-09 17:30)


  そうか」


  ぼくはなんともいいようがなくて、黙りこんだ。ほかに、どう返事をすればいいんだという感じだった。


  松野は里伽子の见舞いにいった。里伽子が风邪で、ひとりで寝ていた。なるほど。


  家に帰ってきて、兴奋《こうふん》のあまりぼくに电话をよこしたものの、いざとなると、ほかに话すこともなくて、彼も困っているみたいだった


  松野はあやふやな口ぶりで、それだけなんだといい、ぼくは、ああと笑って、おたがいにおそるおそるといったふうに、ひっそりと电话をきった。ぼくはぱっとしない気分のまま、部屋にもどった。


  部屋では、つけっぱなしのラジオががんがん鸣っていた。ラジオを消して、ぼくは窓をあけてみた。


  夕闇《ゆうやみ》の奥に、ぼうっと浦戸湾《うらどわん》の海が浮かびあがってみえた。


  海沿いに建っているふたつのリゾートマンションの夜光灯が反射して、海の表面は镜の粉をまいたようにきらきらと光っていた。そのむこうの夜の海には、渔船のあかりが、ひとだまのように尾をひいて、ぷかぷかと动いていた。


  昼间なら、マンションに住んでいる住人の、色とりどりのヨットが入江を出入りしているのがみえるし、夜には、ゆったりとゆれる入江の波もようが、あかりのなかに浮かびあがる。そのどれもが、好きな风景だった。


  勉强に饱《あ》きたり、いやなことがあったり、楽しいことがあったときでも、ぼくはなんとなく窓をあけて、远くにひろがる海をながめる。


  ながめるうちに、いつのまにか波の音が耳になじんできて、それはレールを走る列车の音のようにも、风の音のようにも闻こえて、ぼくは一瞬、ここではない违うところにいるような错覚《さっかく》におちいる。


  そうして人|恋《こい》しいような、なつかしい気持ちになって、すっかり満足して窓を闭めるのだった。


  远い海の音をききながら、ぼくはふと、掲示板の前を素通りしていった里伽子を思いうかべた。里伽子の、薄そうな肩を思いうかべた。


  へんなもんだなあ、とぼくは笑いそうになった。


  ああいう子がいいのか、松野は。ぼくは、なんとも思わんけどな。


  だれかを好きになるというのは、ほんとに、へんなことだった。


  ぼくはそのころ、とりたてて好きな子はいなかったし、その先のことは、ぜんぜんわからなかった。


  なにはともあれ、松野は里伽子の下宿にゆき、部屋にいれてもらったわけだ。それは、すごくよいことだった。


  松野はその电话をかけてきたのがただひとつの例外で、それ以后、里伽子のことは话题にしなかった。


  それはいかにも松野らしかったし、だから、ぼくもしだいに里伽子に兴味を失っていった。里伽子は时期はずれに编入してきて、テニスがうまくて、成绩もいい子だった。


  それだけのことだった。



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